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【地域情報】横浜には寿町以外にもドヤ街があった?!中村町を練り歩く

以前クラップレポートでお伝えさせていただいた、横浜市中区に存在する日本3大ドヤ街「寿町」以外にも、実は横浜にはドヤ街が存在していた。
そのドヤ街は、横浜市営地下鉄「阪東橋駅」から、徒歩10分程の場所にある中村町という場所だ。中村町は、以前クラップレポートで取材した船上ドヤでおなじみの、中村川に沿って存在している町なのである。
今回クラップレポートは、中村町界隈を散策してみることにした。

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参考記事
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1.中村町はドヤ街だけじゃない?日本最古のトラス橋

実は中村町界隈はドヤ街だけではなく、謎の多い町である事でも有名だ。
横浜市営地下鉄「阪東橋駅」から南方向へ、大通を10分くらい歩いていくと、首都高と中村川にぶつかる。この中村川に架かる、歩道専用の真っ赤なトラス橋は、ひときわ異彩を放っており、一目見ておいて損は無いスポットだ。
この真っ赤なトラス橋は「浦舟水道橋」といい、1893年(明治26年)に神奈川県技師の野口嘉茂という人の設計で建築されたらしい。

浦舟水道橋

当時でどれだけめずらしい事なのかは分からないが、イギリスのシェルトン社製の鋼材を使用して作られたようだ。
名前も当時は、「西之橋」という名前で、現在の浦舟水道橋という名前になるまで、移設を繰り返し、規模も当時よりは縮小され現在の場所に存在しているという話だ。
この橋、何がそんな特別かというと、日本最古の現存する「ピン結合プラットトラス橋」として、かながわの橋100選にも選ばれるすごい橋なのだ。

また、かながわの橋100選といえば、以前お伝えした「打越橋」も同様だ。
歩いて数十分の場所に、かながわの橋100選のうち、2選見て廻れるのも珍しい。
しかし、相変わらず横浜というのは変な街で、こんな歴史的建造物とかあるのに、元町・中華街・みなとみらいしか宣伝していないように思える。
あ、あと赤レンガとか、馬車道周辺ね。
まあ、確かにそれら比べたら地味なのかな。デートで「浦舟水道橋に行こう!」って言われたら、男女ともにひかれてしまいそうだし、浦舟水道橋をイルミネーションしてもしょうがないしな。
まあ、そんなイルミネーションとかあれば、逆に少し見てみたい気もするけど。



2.謎の黒い建物の正体は?

中村川に架かる水道橋を渡ると、突然目に入る黒い大きな建物。
横浜あるあるなのだが、普通の街並みや景観を、突如おもいっきり無視した建物があったりする。この建物は本当に異様な空気をまとっている。特に心霊スポットとかでは無いらしいが、霊感がある人なら見えてしまいそうだ。正面から見てみると、結構な威圧感だ。

正面から見た建物の写真

一体この不気味な建物は何なのだろうと、目を凝らして見てみる。そうすると、正面玄関に表札のようなものが見えてきた。「神奈川県立高等学校教職員組合」?どういう事なのかさっぱり分からないが、おそらくここは神奈川県が管理している事は間違いなさそうだ。しかし、今は使われている様子はないが、こんなボロボロの施設の中で教職員たちは一体どんな組合を開き、どんな活動をしていたというのか。
神奈川県さん、もう少し頑張ってあげてもよかったんじゃないですか。。。

表札らしきもの

そして、この不気味な建物の裏手には、神奈川県埋蔵文化財センターという施設がある。調べてみるとこの建物は、神奈川県埋蔵文化財センターの管理となっているらしい。建物の正式名称は「県埋蔵文化財資料保存整理館(旧中央衛生研究所)」という名称のようだ。
歴史的には細菌関連の研究施設だったらしい。明治からこの場所に施設はあったようだが、現在建っている、この不気味になっちゃった建物は昭和2年に竣工されたとのこと。
その証拠に、以下のような歴史がある。

明治時代:
県の衛生研究所の前身となる「ペスト検査所」

大正時代:
「衛生試験所」となるが、関東大震災による被害のためか、建て替えの方向へ

1927年:
新庁舎(現在の建物)が「第二衛生試験場」として完成。件における最近研究所の中核を担う。

1937年:
県内各所に散在していた諸検査施設がこの場所に統合され、「中央衛生研究所」となる。
 
1950年代~1960年代:
施設名は「神奈川衛生研究所」。細菌課、化学課、獣医衛生課などがあり、全国でもトップレベルの細菌検査・研究が行われていた。

1960年代後半:
「神奈川県庁中村町分庁舎」となり、国民健康保険課や公害課分室、東部病害虫防除所などが置かれていた。

1970年代前半:
経済の高度成長によって公害問題深刻化したことに伴い「公害センター」を設置。公衆衛生検査体制の機能は新庁舎などに移管され、施設名は「神奈川公害センター」に。

1982年:
「神奈川県埋蔵文化財センター」を開設。この頃から、神奈川県教育委員会が建物を管理。

2006年:
施設名を「神奈川県埋蔵文化財センター埋蔵文化財保存庫」に変更。

2012年:
「神奈川県埋蔵文化財センター」が文書保管庫として使用。一部は「神奈川県立高等学校教職員組合」に貸し出しており、同組合名の表札を掲示

こうやって、歴史を見ていくと細菌関連の施設ではあるが、時代と共に転々と名称が変わっている事が分かる。
しかし、ここまで一世風靡していた施設を、ボロ屋敷にしてしまう横浜が怖い。
ガラス割れてるのに、文書なんて保管できるの?

現在の神奈川県埋蔵文化財センター

ちなみにこの建物は、修繕予定も取り壊す予定も無いらしい。
なぜなら、お得意の「予算が無いから」だ。
本当に毎回思うが、くだらない商業施設建てまくって、ゴーストタウンにしてしまうなら、こういうのに少し金回せば?と思ってしまう。



3.いざ中村町ドヤ街へ

横浜の歴史的な文化財にも触れ、ここから中村川沿いを石川町方面と歩いていく。どんどん街並みがさびれていく。すでにこの界隈はドヤ街になっていっているのだ。
ほとんどの個人商店のシャッターが下りており、さみしい雰囲気だ。そして更に歩き進めていくと、「三好橋通商店会」への道が続く。いっそうバラック感が強まっていく感じだ。

強まるバラック感

この界隈は、個人で建設業を営んでいる人が多く、現在も営業しているのか分からないような建設業関連の建物も多く並んでいる。
おそらく高齢化で店じまいしてしまったのだろうか。その中でも結構なインパクトのある建物を発見。
資材置場かなんかなのかな。

元資材置き場?

こちらも資材置き場に使っていたのだろうか?いずれにせよ相当年季が入っている。当時、このあたりは、こういった造りが流行っていたのかな。

こちらも元資材置き場?

自分が、元建築学科だったからなのか、開口部(窓)が無いコンクリート造を見ると何か恐ろしくなるんだよな。なんか、彼岸島みたいで。
そして、この界隈の人々の疲れと垢を落としているのだろう。
立派な日本家屋風の銭湯が突然現れる。
「中乃湯」さんというらしい、公明党推しなんですね。そして区画の割に妙にでかいな。。。

日本家屋風の銭湯
仲乃湯さんのエントランス

三好橋通商店会が見えてきた。そもそも商店の数も少なく、修繕もままなってない感じだ。
高齢化に伴い、難しくなっているのかな?この辺は年配の方が多い。というか、人もほとんど歩いていないような状況だ。

三好橋通商店会

三好橋通商店会を更に、中村川沿いに歩いていくとドヤが見えてくる。
現在はほとんど残っていないが、中村川には船上ドヤがあり、陸地にもドヤがあるという状況だ。現在はすっかり寂れてしまっているが、きっと当時は活気があったに違いない。

みなみ荘
みよし荘
こがね荘

このあたりのドヤは、値段が提示されているところが少ないように思える。
完全予約制、もしくは賃貸タイプなのかもしれない。この先には寿町へと繋がる道もあり、間違いなくこの界隈は神奈川県の中でも、ナンバーワンのドヤ街である事で間違いないだろう。

4.まとめ

しかし、毎度々だが横浜は不思議な街だ。
特に中区は歴史的な建造物が放置されており、ちからを入れている商業施設は閑散としており、おしゃれスポットの隣にはスラム街がある。
どいう街づくりなのかは分からないが、本当に興味をそそられる場所だ。
中村町は「日本最古のトラス橋」、「神奈川県埋蔵文化財センター埋蔵文化財保存庫」、「ドヤ街」と見どころの多い街だ。
興味のある方には最高の散歩スポットかもしれない。

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