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【地域情報】横須賀「安浦遊郭」跡地に行ってきた

現在も「米軍基地がある街」をイメージさせる横須賀には、戦前から米軍関係者や関連業で務める労働者を慰安するために、街の各所に遊郭が作られていたそうだ。
各所にあった遊郭は、1958年に売春防止法施行により表向きは姿を消していったが、2010年まで細々と営業を続けていたと言われている。
また、横須賀の遊郭は「安浦」「柏木田」「皆ヶ作」の三か所が良く知られており、いまでも遊郭の爪痕が生々しく残ってると言われている。今回クラップレポートは、そんな三大遊郭の「安浦遊郭跡」の取材に行ってきた。



1.最寄り駅は京急県立大学駅

安浦遊郭地は安浦というくらいなので、安浦町という街の一角にある。しかし、実際の最寄り駅は「京急県立大学駅」という駅だ。京急県立中央大学駅は2004年までは、「京急安浦駅」という駅名だったが改名されているらしい。やはり安浦=遊郭というイメージがあるからかな?と考えてしまう。
そして、安浦遊郭跡は京急県立大学駅で降りて、目の前を通る国道16号線を渡った先にあるのだ。そして、駅から降りて歩いていくと早速のトタン感。駅前からすでに良い雰囲気だ。

トタン感
トタンアップ。天ぷら屋だったのかな?

国道を渡るとしばらくサビれた商店街が続く。ほとんどの店が空いておらず、いわゆるシャッター通りというやつなのかもしれない。若干の飲食店とビデオ屋が空いているくらいだ。



2.いざ安浦遊郭跡へ

国道16号線を渡り、商店街の反対側に向かうとそこには「安浦神社」がある。
この神社と安浦遊郭に関係があったのか定かではないが、ここから東側が安浦遊郭の跡地と言われている。
取材に行ってみて分かったが、正直「ここから安浦遊郭跡地ですよ!」という目印が無いため、この神社が目印となるのだ。
なので、もし行ってみたい方はマップでまずこの安浦神社を調べて目指すといいと思う。
安浦神社を東に進んでいくと、なんだろう。遊郭跡地というのは独特で、欲望が渦巻いていたからなのか、何か色褪せた独特のものを感じる。
普通の民家なんだと思うが、廃屋感が半端じゃなく相当さびれている。

雰囲気のある民家

更に歩き進めていくと、これまた年代を感じる電柱を発見。
当サイトの「戻るボタン」で登場しているクラップレポート唯一のスタッフ、しげるさんも驚いているみたいだ。

年代を感じる電柱

なんで、ローマ建築の柱的なデザインなのかは謎だが。
ドリック式とか、なんかそんなのを思い出す。
そして下町感満載な光景を発見。ケンケンパは本当に20年ぶりくらいに見たんじゃないだろうか。というか、恐らくごーると書きたかったんだろうけど。
きっと頭の弱い子が書いたのだろう。もしくはかなり幼いのか。

懐かしのケンケンパ

そうこうしているうちに、一見普通の民家だがタイルがあしらってある不自然な建築物を発見。
どこか飲食店を覆わせる佇まいだ。かなり昔に店はたたんでしまっているが、いかにも夜のお店であったことが分かる。
恐らくだが、当時タイルをあしらうという事は海外風というイメージがあり、日本家屋に無理やりタイルをあしらっていたのではないでしょうか。いかにもここが米軍を相手にしていた夜のお店だという事が見て取れる。

いかにもな建築
民家の様な飲食店のような不自然な建築
恐らくこれも遊郭建築

また、かつてこの地域で商売をしていた人達の癒しの場であり、ふれあいの場だったのだろうか。かなり年季の入ったお風呂屋さんだ。日の出浴場さんというらしい。

昭和を感じさせる銭湯

冒頭でも少し触れたが、横須賀は米兵相手に商売してきたが、表向きは遊郭ではなくカフェー街と呼ばれており、カフェー街の中に遊郭があったという事だ。
その為か、無理やりタイルを貼ったらカフェー風だと思っていたのかな。

唯一の定食屋、七五三
当時のカフェー風を意識した散髪屋さん、良美行

安浦遊郭跡の区画は、現在かなり整備されており、ほとんどの遊郭建築は取り壊されてマンションになってしまっているが、定食屋の「七五三」や、散髪屋の「良美行」など安浦の歴史を色濃く残していながらも、現役?で続いているお店はまだ存在している。
また、この区画のお隣の区画には、元首相「小泉 純一郎」宅がある。小泉 純一郎宅には常に警察が常駐しており、写真など撮ったら無茶苦茶怒られそうな雰囲気が立ち込めているので、残念ながら写真は無いが、行けば必ず分かるような目立つお宅だ。
勇気がある人は撮ってみるといいと思います。
しかし、元首相がこういった遊郭の隣の区画に豪邸を建てているとは。。。やはり変人と言われていただけの事はあるな。
そして、なぜかこういった遊郭や風俗店が立ち並ぶような街には、かならず見かけるポスターを発見。

明るく住みよい町づくり

完璧にここが元遊郭や風俗店が立ち並んでいた証拠ですね。



まとめ

こういった赤線地帯はどんどん取り壊されていき、新しいマンションなどが建設されている。
新しい物もいいが、こういった古い建築や街並みが取り壊されていくのは、やはり寂しい。
安浦遊郭跡も例外ではなく、ほとんどはきれいなマンションや戸建てが立ち並ぶ区画に変化しており、安浦遊郭跡も今回ご紹介したほんの一部しか残っていない状態だ。
恐らくこの場所も、いずれは取り壊され遊郭の跡形もなく、きれいな街並みに変化していくのでしょう。
駅名も変わってしまってるし、自分で調べようと思わない限り、安浦遊郭という言葉を耳にする事も無くなってしまうかもしれませんね。
興味のある方は、取り壊される前に行ってみてください。

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