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【速報:逆転無罪!修正版】 潜入!元オウム真理教「走る爆弾娘」菊池直子の潜伏先跡地に行ってきた!

1995年3月20日午前8時頃、東京都の帝都高速度交通営団(現在の東京メトロ)で、オウム真理教の一部の人間によって化学兵器として使用される神経ガス、サリンが散布された。
通称「地下鉄サリン事件」は今も人々の記憶に強く残っていると思う。戦後最大のテロ事件だったのではないでしょうか。
実行犯は逃亡し、警察は全国指名手配したが「菊池直子」と「高橋克也」両容疑者2名だけ見つからずにいた。
しかし、事件から約17年後の2012年6月に菊池直子と思われる女性が「神奈川県相模原市」で逮捕されるという衝撃のニュースが舞い込んだ。
衝撃の逮捕から約5年、菊池直子が潜伏していた家はどうなっているのか?クラップレポートは取材に行ってきました。



1.菊池直子とは

まず菊池直子の事について少し触れていきたい。
生まれは埼玉らしいが、父親の仕事の都合で引越しを繰り返した後に、大阪市に居が定まったそうだ。そこで菊地直子は地元の小学校に通う事になる。父は大学教員でかなり厳格な父親だったそうで、教育熱心な家庭環境に育った。
小学校低学年からピアノを習いはじめ、幼少期は外で友達と遊んだりあまりしない子供だったそうだ。
教育熱心な家庭環境が功を奏したのか、当時倍率約10倍の中学校に入学しバスケットボール部に所属。優等生タイプで成績はトップクラス、真面目でやさしくクラスメイトからも慕われるタイプだったようだ。
高校では陸上部に所属し、3000mで11分23秒の記録を持つなど、バスケットボールだけに留まらず、陸上でもなかなかの才能を発揮していたみたいだ。
成績優秀・スポーツ万能・ピアノも弾ける、「なんだそれ?漫画か?」とやっかみたくなるようなキャラですね。

オウム真理教との出会い

そんな誰しもが羨ましくなるような生活を送っていた菊池直子が、何故転落への意第一歩となるオウム真理教に入信したのか不思議ですよね。
理由は簡単な事で、高校の陸上部で膝を故障してしまい、治療?リハビリ?の為にヨガを習い始めたのが、オウム真理教だったそうだ。結果、高校3年生であった1989年12月27日に家族の反対を押し切り、オウム真理教に入信。麻原彰晃の本か何かを読んで、「神秘体験」?なんかよく分からない体験をしたようだ。なんか、ビビっと来たんですって。
そのまま順調に出家して、オウム真理教の幹部にまでのし上がったそうだ。
ちなみに、最終的にはホーリーネーム(出家した人に付けられるありがたい名前)が、「エーネッヤカ・ダーヴァナ・パンニャッター」。長ぇし覚えらんね。もし、上司にこんな名前の奴がいたら、一生「すみません、いまよろしいですか?」と声をかけ続けてしまうと思う。



2.菊池直子の逃亡生活

菊池直子は当初、同じく指名手配されていた高橋克也とペアで逃げていたそうだ。オウム真理教のやり方らしく、カップルで逃げた方が世間の目を欺けて逃げやすくなるという理由からだそうだ。よくわからんけど。
なので、オウム真理教の他の指名手配犯もペアで逃げていたらしい。
結論から言うと、恐らく菊池直子が逮捕された事で、高橋克也も見つかり逮捕された理由もそういう事だろう。

ただ、1995年6月頃までは千葉県市川市のアパートに林泰男らと潜伏し、同年11月までに名古屋市、京都市などを林らと共に隠れる場所を転々と変えていたようだ。
1996年11月には埼玉県所沢市のマンションに高橋克也、北村浩一ら他の特別手配信徒と5人で潜伏していたとのことなので、逃亡生活1年目は割と固まって逃げていたという事だ。
恐らく、この辺から「男女ペアで逃げた方が効率いいんじゃね?」みたいな話になっていたのかもしれない。
1996年11月以降は足取りが途絶え、「海外逃亡説」もあったが、1997年以降は高橋と川崎市のアパートに潜伏、2007年3月からは教団外の男性と共に暮らしていた。

この、教団以外の男性とは恋愛関係にあったらしく、2006年~2010年位の間は町田市に住んでおり、2010年~2012年(逮捕時)の間は今回取材した相模原市の家に住んでいたようだ。
ちなみに、この男性からはプロポーズもされていたらしい。
プロポーズを受けた菊池直子は、「あたし、オウム真理教だから無理よ」と、とんでもない理由で断られたそうだ。それでも男性は、菊池直子が好きだったみたいですね。

3.菊池直子の逮捕劇

2012年6月、今まで上手に逃げてきた菊池直子が突然の逮捕。
一体何があったのか?

菊池直子は、逮捕時に住んでいた家の隣にある土木会社が物置を改造して貸家として扱っていた物件を、高橋という偽名を使って借りていたそうだ。おそらく不動産屋などを通さずに、直で貸していたのでしょうね。
また、整形なのか痩せただけなのか定かではないが容姿も変貌していて、とても菊池直子だとは思えない姿なので、信用して貸してしまうのも無理はないですよね。
そもそも、指名手配犯が「家貸して下さい!!」って言ってくる確率は宝くじに当選するくらいの割合だろう。。。

出典
zakzak夕刊フジ

前述しているように、同居していた男性はプロポーズした際に、菊池直子から衝撃の告白を受けていますよね。
この、同居男性はそれでも菊池直子を匿っていたのですが、同居男性の兄がお金に相当困っていたらしいのです。
同居男性は兄に「自分を菊池直子を匿っていると通報しろ。そうすれば菊池直子の懸賞金1000万円が手に入るぞ。」と話したそうです。
兄は早速電話。あっけなく逮捕されました。また菊池直子は最後の逃亡犯、高橋克也の居所を吐き芋づる式でこの逮捕劇の幕は閉じた。
別に、菊池直子の肩を持つわけじゃないが、この同居男性もなかなかのクズである。



4.実際に菊池直子最後の潜伏先現場に行ってきた

そして、クラップレポートは実際に最後の潜伏先である神奈川県相模原市のお宅へお邪魔してきました。
相模原は神奈川の中でも結構、のどかな場所だ。まさかこんなところに大物指名手配犯がいるなんて夢にも思わなかったでしょうね。
畑も多く自然を感じれる場所だし、近くには有名な宮ヶ瀬ダムや城山ダムなんかもあり、レジャーにもお勧めの場所である。

のどかな街並み

のどかでいいところだなぁと、呑気に国道413号線を歩いて目的地まで向かう道中に、何やら不穏な空気を感じる。。。

不穏な空気感

どうも、宗教関係での問題はオウム真理教だけじゃないらしい。。。
類は友を呼ぶというが、こういった問題を呼びやすい場所なんだろうか。
そうこうしてるうちに、遂に菊池直子の元潜伏先にたどり着いた。
ネット上で見た写真だと、かなりボロくてこんなところに人が住めるのだろうか?などと思っていたが、さすがに逮捕から約5年たったいま、取り壊されて新しい建築物が作られていた。

潜伏先跡地 東側
潜伏先跡地 西側

ちらっと見えただけだが、ログハウスのような木のぬくもりが活きた素敵な家っぽい。もともと土地は広いからか開放的で大きな家だ。
ここで特に殺人が起きたりしている訳ではないので、変な重苦しい感じも無い。
それでもやはり、曰くつきという事で安値で取引されるのだろうか。。。
しかし、「人が死んでるわけじゃないし、こんな大きな家に安くすめるならいいか!」という考えの人には良い物件だと思う!もし安ければだが。。。

さすがに5年も経てば、取り壊されてるか。。。と不謹慎な気持ちもあったが、この土地のオーナーからしてみれば冗談じゃない事この上ないと思う。
借家なのか、売買なのか、はたまた自分たちで住むのか分からないが、早く新しい家として新たな歴史を刻んでいってもらいたいと心の底から感じた。
そして、やっぱりこういう事件は二度と起きちゃいけないなと痛感した。

※この記事は2017年10月9日迄の事を書いています。

5.速報逆転無罪!

2017年12月25日、衝撃のニュースが飛び込んできた。
なんと、元オウム真理教の菊池尚子が無罪が決定されたのだ。

理由は、以下引用。

オウム真理教による平成7年5月の東京都庁郵便物爆発事件に関与したとして殺人未遂幇助(ほうじょ)罪に問われた教団元信者、菊地直子被告(46)について、最高裁第1小法廷(池上政幸裁判長)は、「間接事実の積み重ねを過剰な推認につなげている1審は不合理で、明らかな事実誤認がある」として、検察側の上告を棄却する決定をした。1審東京地裁の裁判員裁判は懲役5年、2審東京高裁は逆転無罪としていた。菊地元信者の無罪が確定する。

引用
産経新聞

要するに、菊池尚子は自分がやっていた事が、どういった内容か分からずに行っていたという事になる。
上の人間に言われた事をやっていただけで、罪の意識があって犯行をおこなっていた訳では無い。
したがって罪には問わない。という事でしょう。

2017年の締めくくりに衝撃的ニュースが舞い込み、まさかのかたちで本サイトの記事修正を余儀なくされたが、今後の動きにしっかり注目していきたいと思う。


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