• 友だち追加

【駅情報】タイムリープ!?JR鶴見線「国道駅」を知っているか?

楽しかった8月が終わり、9月に入りましたね。
お盆休みや、夏休みで、色々と楽しかった思い出の余韻に浸っていると思います。
友達と「○○ランド行ってきた!」とか「海の家主催のクラブイベント行ってきた!マジパリピすぎ!」とか、家族で「実家に帰省してきた!」とか「旅行に行ってきた!」とか。
そんな方々のおかげで、有名な観光名所や、地方各地が非常に賑わいを見せていたかと思います。
クラップレポートは、そんな連休の恩恵は絶対受けないであろう、超マイナー路線「JR鶴見線国道駅」に行ってきました。



1.まるで昭和にタイムリープ?

まず、みなさんJR鶴見線はご存知でしょうか。
神奈川県横浜市鶴見区にある「鶴見駅」から、横浜市鶴見区の埋立地、並びに、神奈川県川崎市川崎区東側の埋立地を走る路線です。
下記の地図を見て分かる通り、工場にお勤めしている方の為に作ったといっても過言ではない駅で、ダイヤもスカスカで1時間に1本しか電車が来ないなんて事もザラな路線です。

何故そんなに本数が少ないかというと、上述していますが、工場勤務の方々が主に使う路線なので、勤務時間にあたる日中は乗客が少なく、本数もそれに合わせているという事だそうです。

また、鶴見線の多くの駅は無人駅であり、例えば鶴見線の中でも特別本数の少ない、「大川行き」「海芝浦行き」「扇町行き」に間違って乗ってしまうと、何もない無人駅で30分~1時間近く、待ちぼうけを喰らう事も。
それはかなり辛そう。。。

出典
Googleマップ

さて、そんなJR鶴見線ですが、その中でもひときわ異彩を放っているのが、「国道駅」という駅である。
この国道駅は、その名の通り当時の「国道1号線」沿いにある為、その名がつけられたという安直なネーミングの駅。
今は国道15号になってしまってますが。
1930年(昭和5年)から今も、現役の駅として活躍?しており、ドラマや映画のロケ地にも使われてるという事でも有名です。

代表的なところでいうと、黒澤明監督の「野良犬」や、新しいところでいうなら木村拓哉が出演していた「華麗なる一族」のロケに使われていたらしいですよ。

1930年といえば、第二次世界大戦が起こる前からですからね。戦争を経験して、現在まで現役っていうのは半端じゃないですよね。
この駅は何が半端じゃないって、1930年のまま時間が止まったようにその存在を残し続けている事なんです。
しかも、米軍が戦時中に機関銃を乱射した痕まで残っているそうで、まるで昭和にタイムリープした気持ちになるそうですよ。
そんな戦争を経験した時代の建物が、よく今まできれいに建っているものだと感心してしまう。

そんな話を聞いたら、居てもたってもいられなくなり、早速クラップレポートは現場へ取材に行ってまいりました。



2.いざ国道駅へ!

さて、ワクワクしながらJR鶴見駅へ!
ほう、鶴見線は黄色いんだな。
というのが、本気で横浜出身なのに鶴見線に乗った事が無く、生で見たのも初めて。
見てたとしても、あまり意識したことが無かったので、ものすごく新鮮。

こんな事言ったら、鉄っちゃん達に「全然違う!」とか言われて怒られそうだけど、山手線とか京浜東北線の黄色いやつみたいな印象。
そして、この日は20時くらいだったので、ちょうどみなさんの帰宅時間とかぶったのか、割と混雑してますね。
乗客が少ないと聞いていたので少しびっくり。
「国道駅」は鶴見駅から1つ隣の駅なので、どの方面行きの電車に乗っても行けます。
電車に揺られること2分。遂に「国道駅」に到着。

普通にJRの駅名が書いてある看板ですね。
特に古びているという訳ではないし、この看板だけが平成だという事を主張してる感じですね。

まあ、駅のホームは案外普通ではあるのですが、やはり天井のアーチの部分など、局所的に昭和を感じますね。
夜に来てしまったからあれだけど、昼間の天気のいい日は気持ち良いかも。

いざ、駅舎の中へ。
階段を降りると、中二階というか、向かいのホームに行き来できる橋があり、そこから駅舎を一望出来るようになっている。
さっそく雰囲気が出てきましたね。だいぶテンションが上がってきた。

改札を出てすぐの光景。
これは。。。だいぶタイムリープした感じに。。。
第一印象ですぐに、「蛍の墓」のオープニングを思い出してしまった。
想像していた以上に、何とも言えないヤバイ空気と、本当に戦前、もしくは戦後の空気を感じてゾクリとなる。
夜に来なきゃ良かった。
とは言っても、ここに住んでいる人達には普通の日常なんでしょうけど。
そして、散策開始。

国道駅の街並み。所々人はまだ住んでいる様子。
本当にここは平成なのか?と何度も思ってしまう。
ラーメン博物館みたいですね。
何がすごいって、ガードの中に屋根までピッチリ収まっている事。
もと、建築を学んでただけに、内部構造がものすごく気になる。「湿気とかどうなんだろ?」「ガード下の内側に屋根あるのかな?」とか思ってしまう。

またこの建築表記がなんとも感慨深い。

赤い点線の期間の表記を見ていただきたい。
期間が、昭和62年4月1日から昭和82年3月31日までとなっている。
「?」となってしまうが。
数秒見て分かった事は、この期間の表記は間違えているのではなく、そのつもりだったのでしょうね。
要するに、すぐに平成が来ると思ってはいなかったのでしょう。

個人的には、この表記が妙にささった。
何か、当時の思いみたいな物が残っている気がして。

さらに奥へ進むと謎の通路発見。

何度も言うようですが、この日は夜だったので行きませんでした。
「こわ。」ってなりましたしね。
昼だったら行ったんですけどね。
基本1人で取材してるし。
なんかあったらマズいし。

さらに奥に進むと国道に出ます。本当に道路の方の。
そして遂に今回の取材の目的の地へ到着。

何か、急に現代のアートが。。。つか、グラフィティというか、落書きというか。
バンクシーにでも憧れてるのかな。足元にも及ばないけど。

そんな事はどうでも良いのですが。遂に機関銃を乱射した跡を発見。

ちょうど、落書きの上のネットが掛かってる部分です。
ヨリで見るとこんな感じです。

ボコボコに穴が開いてますね。
機関銃で、挨拶代わりに人を薙ぎ払う用に撃ったのかな?などと想像してしまうと戦慄が走ります。
恐らくは何人か、ここで命を落としたかもしれませんね。

広島の原爆ドームなど有名ですが、何故こういった場所を、「横浜市管理で、戦争の恐ろしさを伝える資料の1つにしないんだろう?」というのが率直な感想ですね。
資料にするどころか、危ないから改装するかもしれないという話だそうです。

うーん、なんだかなあ。。。

そんな事を考えながら、機関銃の跡を見ながら一杯。

そして更に、ふと銃跡の上を見上げると。「?」

「これなに?」「アーチ?」「こわ…」
てな事で帰ろう。あんま考えないようにしよう。何か昔、何かに使っていた出入口なのでしょう。



3.取材を終えて

かつてはこの駅も、向こう三軒両隣のような生活を営んでいたのかな?などと考えると非常に感慨深くなる。
また、機関銃の跡などを見てみると、確実に何人かは命を落としたであろう。そう考えると背筋に冷たいものを感じる。
下手な心霊スポットより、当時の人間の恐ろしさを感じるぶん怖い。

しかし、このような遺産が首都圏の中心部からほど近いところにあるのは特殊だと思う。
首都高すぐ近く走ってますからね。

この「国道駅」は老朽化が進んでおり、改修の計画も出ているようです。
もし、興味のある方は早めに見学しに行くことをおすすめします。

  • 友だち追加