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【地域情報】横浜元町 中村川にたたずむ船上スラム

横浜の元町といえば、その昔(1970年代~1980年後半くらい)オシャレ且つ、お金をもっている人達が、こぞってデートスポットにしていた場所であり、現在も観光スポットとして名を馳せている場所として有名です。
まあ、現代でいうところのリア充みたいなのがいっぱいいた場所ですね。

また、現在も高級ブランド店が立ち並び、昔から石川町に住んでいるような地主(お金持ち)の方や、横浜駅付近に長い事住んでいる方達が、キッチリとした商品が欲しい時に行く商店街として、昔程ではないにしろ賑わいを見せているのではないでしょうか。
そんな昔からのリア充、セレブ達が愛用している元町商店街のすぐお隣が、船上スラムだった事はご存知でしょうか?

1.元町の歴史

まず、元町の歴史について知らない人の為にも説明しておきます。

なぜ昔から元町はオシャレと言われ続けてるのか

簡単に説明すると、1859年まで元町辺りは、半分農業やりながら半分漁業をやっているような村だったのですが、ペリーが突然日本にやってきた事によって横浜は港を開く事になります。
その際、ペリーと会議したり接待をするのに、急遽応接所を設置する事になるのです。それが現在の県庁所在地がある場所に決定されたのです。
ちなみに県庁所在地は、元町がある石川町駅の隣の関内駅にあります。

応接所を設置するにあたり、現在の県庁所在地付近に住んでいた住民は、仕方なく現在の元町があるあたりに移住してきたそうで、その際に「横浜元町」と呼ばれるようになったそうです。

開港後の山下町に外国人居留地が、山手に山手居留地がそれぞれ設けられたことにより、元町は外国人が多くやってきました。
元町の住民は外国人相手に商売を始める事によって、外国ナイズした街へと変貌していったのです。
まだ、茶屋で団子とか食ってた時代に、ベーカリーショップとかやっていたのだからビックリですよね。
今でいうとカフェみたいなお店が当時から存在してた訳ですから、相当意識高い系がお客に居たんじゃないかと想像してしまいますね。
さすがに当時MacBookは広げてないでしょうけど。

元町は1970年代が最もオシャレ

明治時代が終わり、元町独自の外国文化が功を奏して、当時流行していたファッションスタイル「ニュートラ」に対抗する「ハマトラ」(横浜トラディショナルの略)というスタイルが同商店街のキタムラ、ミハマ、フクゾーなどにより生み出されるなど、オシャレを欲しいままにしていたそうな。

こうやって、並べてみてみると僕は個人的にはニュートラの方が好きですね。ハマトラはいまいちダサイ気がしますね。人それぞれの好みはあると思いますが。
まあ、僕の意見なんてどうでもいいですけどね。

出典
ミドルエッジ
出典
情けない親父のブログ

2.元町に潜む闇

そんな、昔からオシャレな元町ですが、元町の最寄り駅でもある石川町駅を降りると、中村川という明治時代に人工的に造った川があります。
この川の真上には首都高が走り、日があまり当たらないその暗い川は、船上ドヤがいくつも停泊していました。
私が子供の頃、約25年くらいまでは、そんな船がごろごろと不法係留物件として中村川に浮いていたのを覚えている。

参考記事
【地域情報】日本三大ドヤ街 横浜寿町って知ってる?

この中村川には明治時代からハシケ(艀)と呼ばれる積荷運搬用の小舟がひしめくように停泊していたという。
明治時代からこのオシャレな元町を形成するために必死に仕事をして港を支えていてくれてたのですが、彼らには家が無く船で寝泊まりしており、船上生活を余儀なくされていたといいます。

戦後も船上生活者は減らず、中村川一帯は水辺のスラム街化していったのです。
私が子供のころに見た光景はその名残がまだ色濃く見えてた時代なのでしょうね。

この船は、沈没して消えてしまった物もあれば、不法係留物件として撤去された物もあり、現在はほとんど残っていません。
また、この船には数々の歴史があります。
有名なものだと船上スラムで生活している子供達の為に、1921(大正10)年、東京にある芝浦小学校(現・竹芝小学校)が、日本で初めて、水上児童のための「水上学級」を作ったり、1981年には、川に係留されていた木造ダルマ船を改装し、「横浜ボートシアター」を開業。このダルマ船は沈没したが、劇団は活動を続けているなど、かなり香ばしい歴史があります。

そんなオシャレな元町のすぐ隣では、こういった歴史があるため個人的に元町は異様な雰囲気を感じます。
特に子供の頃、そんな歴史は知らないけど「元町ってオシャレだけどなんか独特だな…」と何かを肌で感じていたのを覚えています。
まあ、僕の意見なんてどうでもいいですけどね。

そして実際、現在の中村川はどういった状況なのか、今回調査してまいりました。

3.中村川を調査!

実際、中村川に行ってきました。
現地に着いて改めて感じたのは、本当にすぐ隣は元町なんですよね。
このちょっとした空間で貧民と富豪に分けられてると思うと感慨深いものがありますね。

で、実際のところ横浜市も色々と大変らしくこんな立て看板もあります。

そのまま、元町方面へと歩いていくと、やはりここがその昔船上ドヤであった事が分かるような足跡がいくつも残っています。
写真以外にも、中村川にもこういった船に降りれそうなポイントがいくつもあるんです。
船無いのに。

そのまま石川町駅に向かって歩いて行くとついに、現代で唯一残っている船上ドヤを発見しました。
とゆうか、まあ見たことある人は多いと思うんですけどね。
今は、右翼の方々の集会場になっているそうです。
表札が渋すぎる。良き日本の時代を思い出します。

久々に見ましたけど、結構傾いてますね。

そして実際こんな感じですね。

オープンテラスみたいな。

ストイックなんですよね。色々と作りとかも。
ちなみに郵便もいけますね。

だれが手紙送るんだよ。。。

とゆうことで。

まとめ

中村川を調査して分かったのは、やはりここも例外なく元町という光がすぐ隣にあることが分かる場所だということ。
各所には船が停泊していた後が残っており、残留思念のようなものさえ感じられる。

今は巨大なダルマ船家屋しかないものの、まるで友達を失い一人ぼっちになり、ここがかつてどんな場所だったのかを静かに語りかけてくるかのようですね。
なんとも深い横浜の歴史の1ページでした。

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